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大阪高等裁判所 平成7年(ネ)941号 判決 1995年11月22日

控訴人(原告) 大村工業株式会社

右代表者代表取締役 大村泰治

右訴訟代理人弁護士 中小路大

被控訴人(被告) 株式会社三和銀行

右代表者代表取締役 佐伯尚孝

右訴訟代理人弁護士 加藤幸江

中務嗣治郎

岩城本臣

森真二

村野譲二

安保智勇

浅井隆彦

生口隆久

中光弘

中務正裕

中務尚子

主文

一  本件控訴を棄却する。

二  控訴費用は控訴人の負担とする。

事実及び理由

第一当事者の求めた裁判

一  控訴人

1. 原判決を取り消す。

2. 被控訴人は、大阪地方裁判所執行官に対し、原判決添付別紙物件目録記載の動産を引き渡せ。

3. 訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

二  被控訴人

主文同旨

第二事案の概要

次のとおり、付加、訂正するほか、原判決の事実及び理由「第二 事案の概要」欄に記載のとおりであるから、これを引用する。

一  原判決一枚目裏七行目の「原告は、」の次に「平成六年六月一八日、大阪地方裁判所に対し、」を加え、同一〇行目の「、差押命令は重松及び被告に送達され、」を「(同庁平成六年(ル)第二〇〇〇号事件)、同裁判所は、これに基づき、同年七月二〇日、本件動産に対する引渡請求権差押命令(以下「本件差押命令」という。)を発付し、本件差押命令正本は、同月二二日、被控訴人に送達され(同送達の事実は争いがない。)、同月二九日重松に送達され、その後」と改める。

二  同二枚目表六行目の次に行を変えて、「本件貸金庫契約に基づく貸金庫(以下「本件貸金庫」という。)内の内容物は不明である。」を加える。

三  同二枚目表九行目の「有するか」を「有するか否か及びその前提として本件貸金庫とその内容物の占有関係如何」と改める。

第三争点に対する判断

一  本件は、前記事案の概要に記載のとおり、控訴人が重松の被控訴人に対する本件動産の引渡請求権があるとして、重松に対する強制執行として本件差押命令の発付を受けた上、民事執行法一六三条一項に基づき、任意の引渡しをしない被控訴人に対して本件動産を大阪地方裁判所執行官に引き渡すべきことを求める取立訴訟である。

二  そこでまず、本件の場合に、重松の被控訴人に対する引渡請求権の成否について検討する。

被控訴人は、一般に、貸金庫内の内容物については被控訴人には占有がなく、本件においては、重松に対してその引渡義務を負担していないから、本件差押命令に基づく右内容物の引渡請求には応じられない、と主張している。

確かに、貸金庫契約の法律上の性質は、当該貸金庫の場所(空間)の賃貸借であるとされるが、被控訴人(以下、本項においては「銀行」ともいう。)の取り扱う貸金庫の利用方法については、乙号各証と弁論の全趣旨によると、①貸金庫の利用者は銀行備付けの「貸金庫利用票」に所定事項を記載して銀行(担当の支店)に提出すること、②銀行は、「貸金庫利用票」にある氏名及び印影を確認のうえ、利用者を貸金庫室に案内するとともに、扉開閉用のキー(正鍵)を交付し、その際、同一のキー(副鍵)を利用者が封印のうえ銀行が保管すること、③貸金庫の開扉は、二つの鍵穴に銀行保管のマスターキーと利用者保管の正鍵をそれぞれ挿入することにより行うが、その閉扉については、利用者だけで正鍵をもってこれを行い、銀行は一切関知せず、その間の内容物の出入作業は銀行所定の場所で利用者のみにより行われること、以上の事実が認められ、そうだとすると、利用者は貸金庫の借受により、貸金庫内の場所(空間)を自由に利用することができ、銀行は内容物の出入につき一切関知しないと同時に、利用者は貸金庫内を利用しない自由もあるということができる一方、銀行は貸金庫を自己の管理にかかる貸金庫室内に留置することにより、貸金庫のほか、その内容物についても(利用者と重畳的に)包括的な占有を保有しており、正鍵による開扉の措置以外の方法で利用者その他の関係人が内容物を貸金庫室外に搬出する等を拒否できる立場にあるというべきである。

したがって、利用者の債権者から貸金庫内の内容物の引渡を求められたのに対し、銀行がこれを拒否したときは、銀行は民事執行法一二四条にいう「提出を拒まない第三者」に該当しないものというべく、このような場合、右の債権者は銀行に対し民事執行法一六三条に基づき、動産差押命令の申立、ひいては取立訴訟を提起することができるものと解される。もっとも、銀行が利用者を無視して自己の判断のみにより貸金庫内の内容物を点検し、債権者等に提出することは、利用者との前記のような利用契約関係特に内容物に対する保持ないし守秘義務等に鑑み、一般的には否定されること当然ではあるが、他方、債務者(利用者)と債権者その他の関係人との利害の調整ないし相互の公平等を図るという観点から、法令の規定に基づく等正当な理由があるときは、これを拒否することができず、むしろ、銀行はこれを根拠として内容物の点検、取出等ができ得るものと解され、それは取引通念にも合致した臨機の措置というべきである(因みに、乙第三号証によると、銀行の貸金庫規定一二項は、「法令の定めるところにより貸金庫の開扉を求められたときは、銀行は副鍵を利用して貸金庫を開扉できる。このため生じた損害については、銀行は責任を負わない。」と規定している。)。しかも、本件の場合については、これら当事者その他の関係人間の利害調整等の措置につき民事執行法上他に特段の規定は置かれておらず、したがって、前記判示のとおり、貸金庫内の内容物についても、等しく動産の引渡に関する民事執行法一六三条の規定により処理すべきことが当然予定されているものと解するのが相当である。

三  ところで、本件差押命令及びこれに基づく取立訴訟の対象である重松の被控訴人に対する本件動産の引渡請求権は、それが所有権又は本件貸金庫契約のいずれに基づくものであっても、重松の被控訴人に対する実体法上の所有権又は占有権に基づく個別的な物の引渡請求権であるから、本件の取立訴訟が認められるためには、少なくとも、具体的な個々の本件動産が本件貸金庫内に現実に存在していることが主張立証されなければならない。けだし、一般の動産執行においては、債権者は、その申立をするには執行すべき場所を特定すれば足り(民事執行規則九九条)、執行すべき動産を個々に特定する必要はなく、どの動産を差押えするかは専ら執行官の裁量に委ねられている(いわゆる場所主義である。)が、本件の取立訴訟等の対象たる動産の引渡請求権は、右のとおり実体法上の個別的な物に対する請求権であるから、民事執行規則九九条にかかわらず、民事執行法一二四条及び一六三条の規定の趣旨に照らし、引渡請求権の対象である当該動産が特定され、かつ、その現実的な存在が立証されなければならないと解するのが相当である。

しかし、本件においては、前記争いのない事実及び弁論の全趣旨によると、本件貸金庫内に本件動産が存在するかどうか自体不明であって、その存在の立証がないものといわざるを得ない。

したがって、重松の被控訴人に対する本件動産の引渡請求権を肯定することができないから、控訴人の本件請求は、その余の点を判断するまでもなく、理由がない。

第四結論

よって、控訴人の本件請求は棄却すべきところ、これと結論同旨の原判決は相当であるから、本件控訴を棄却し、控訴費用は控訴人の負担とし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 砂山一郎 裁判官 東畑良雄 塚本伊平)

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